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pour tous et pour personne

エンパシー・メモランダム

Empathy, Experience and the Body in Art Historical Discourse

Anthony Raynsford 

http://www.anthonyraynsford.net/Seminar_AR699Syl_Fall06.pdf

 

 

◎美術史的言説における感情移入、経験、そして身体[仮訳]

GENELAL COURSE INFORMATION

 

この十年ほどの間に美術史は、芸術と建築によって具体化された主観性についての問いへますます傾注するようになった。それらの問いは、パフォーマンスやスペクタクル、観察者、慣習的行為、ジェンダーやメディアのマテリアリティ(実在性)などの分析的テーマのもとに明らかとなってきた。このようなテーマは二つの意味において物質(the body)への回帰をもたらしてきた。二つの意味とはすなわち、総合化された知覚する者(perceivers)と具現化されたもの=芸術作品である。しかしこの変化は、美術史にとってまったく新しいものではなかった。むしろそれは、具現化された経験的対立において、もしくは実体のない視覚的コード(イコノグラフィー、記号、イメージの構造など)の観点から、芸術作品をとらえるディシプリンの間を揺れ動く振り子の最新の振動に値するものであった。美術史が、主体的経験についての言説にみられる「もののモノ性(thingness of things)」といったような何かへ回帰するとき、ディシプリンそのものの言説の歴史を再度検討することは有益かもしれない。よってこの講義は、19世紀末から現在に至る表現(embodiment)と経験の出会いについての理解に関する修史的かつ理論的な探求となるだろう。

 

感情移入の理論は、仮説的な鑑賞者の身体と芸術および建築の作品の間にある一連の相関関係、または感情移入的反響において成立する美的経験を扱った。20世紀半ばまで感情移入の理論が等閑に付されているあいだもなお、美的経験を理解するための感情移入のモデルは、意識的にも無意識的にもあらゆる方法で現代の美術史において繰り広げられる言説へと介入しつづけていた。しかしながら20世紀初頭までには既に、そのような経験的感情移入のモデルは、より重大な知的で視覚的な抽象概念とは反対に、感覚的または「演劇的」であるとして批判されるようになっていた。この批判の流れのなかで、理想的な美的経験は、鑑賞者の組織化された感覚と物質としての芸術作品の双方によって徐々に実体のないものとなっていった。身体は、より最近になってからの現象学精神分析の理論を通して、再び経験に関する美術史学的議論に参与することとなった。ただしそれは、身体と主体の複雑に統合された概念を通しての参与であった。現象学が美的経験における主体-客体の境界をなくそうとする傾向にある一方で、精神分析は身体の経験を構造化する内的分離を強調した。具体的な経験の精神分析的解釈においては、見ることと見られることという社会的な世界に属する見る者と身体の両方が同一化(identification)の網の目に捉えられている。最近になって、そのような身体の精神分析的解釈は、アイデンティティジェンダー、パフォーマンスやアブジェクション(棄却、おぞましいもの)の問題へと拡張されている。歴史的視座におけるこの身体=物質への回帰をみながら、この講義は次のような問いをかかげる──感情移入の理論から今なにが繰り替えされているのか?なにが破棄され、なにが忘却され、なにが抑圧されているのか?

 

この講義は、まだ感情移入が哲学と実験心理学と密接に関わっていた19世紀末のドイツにおける近代美術史という学問の起源から始まる。これは芸術心理学の著作に empathy という用語が現れた時代である。ハインリッヒ・ヴェルフリンやアウグスト・シュマルゾーといった美術史家にとって身体は、経験のための媒体でありながら経験の類似物でもあったため、すぐに感情移入の理論は美術史の方法へと転用されることとなった。しかしながら同時に、身体とその知覚的運動反応の優位性は、鑑賞のための距離と実体を排除した視覚的感覚を芸術的反応は必要とするとした一連の美術史家によって反論された。そのため、K.フィードラーやヴォーリンガーなどの著述家は、純粋な視覚的抽象化を対象の物質的な経験に対置することとなる。20世紀半ばには、マイケル・フリードがいくつかの方法でその有名な没入と演劇性の対立についての批判を繰り広げた。フリードの議論は、同時に、現象学の知覚モデルの方へと歩み寄っていた。

 

次に、フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティの著作を起点とした20世紀半ばの現象学精神分析学によって開かれた美術史の言説を検討する。メルロ=ポンティは視覚的感覚における身体の優位性を重ねて主張したが、さらには視覚と触覚の違いや主体と客体の相違にすら先立つ特徴のはっきりしない視覚なるものを主張した。一方で、メルロ=ポンティ現象学から少なからぬ影響を受けたジャック・ラカンは、身体と視覚の両方を構築し、観賞者と芸術作品の関係のなかに顕在化するまなざしの領域を提示した。1960年代以降に現れたポスト構造主義の一端を担うとされるノーマン・ブライソンやハル・フォスターといった美術史家たちは、特にラカン精神分析を彼らの鑑賞体験についての記述へと反映させた。その結果また、アルベルティ的遠近法に基づく一連の議論は、観賞者を巻き込む身体や主体、そして空間の架空的同一化のためのスクリーンという視線の複雑な装置について考察するようになった。

 

最後にこの講義は、特に権力とアイデンティティの理論によって影響を受けてきたものとしての現代アートについて考える。美術史家たちがミシェル・フーコージュディス・バトラーの著作に接近し始めると、彼らは社会的コントロールとパフォーマティヴな同一性の両方の場としての身体を一段と強調するようになった。これらの論考が、身体と具体的経験を再び美術史の中へ据えるようになると、彼らは19世紀末の空虚な理論がそうであったのと同じように、身体とは何か、またそれは芸術との関係のなかでどのように経験されるのかという仮説を基盤とするようになった。これらの仮説を美術史編集のより広いコンテクストのなかに位置づけることは、新たな探求を可能にするだろう。

 

昨今の美術史における身体の議論は、具体的経験をトピックに掲げたいくつかの学問的記憶喪失に陥りがちである。本講の目的のひとつはこの記憶喪失を阻止することである。このディシプリンの歴史を鑑みることによって、受講者は美術史のアイディアや仮説を批判的に検討することができるようになるだけではなく、いま美術史を書くにあたって何が有益で妥当なものであるかを建設的に考えることができるようになるであろう。言い換えれば、これらの古い言説はどのようにすれば今日においてもなお生産的なものとなるだろうか? 古い言説と新しい言説の並列はどうすれば美術史の進行中の課題と論理的推論を明るく照らすことができるだろうか?ということである。

                 

 

                 * * *

 

 

以前、感情移入についての先行研究を探していたときにみつけたシラバスを論文を書くために翻訳したのだが、一年以上たって読み返してみるとひどい訳としか言いようがないものだった(夏に友人たちと訳出したフリードの文献*1もあと半年くらいすれば、さらに見られたものではないものになってしまうのだろうなぁ……)。当時、そして今もまだ続いてはいるのだが、権威的な古びた研究ではなく、そしてまた安易な心理学や精神分析学の言語をまとった小手先の研究でもなく、十分に新しい美学美術史学的研究としての「感情移入」理論を探していたのだが、それらしい文献が見当たらなかった。そんなときに、未だ構想段階ではあるが、みるからに一冊の本がかけそうなアイディアが整理されたMr. Anthony Raynsfordの上記のシラバスを指導教官から差し出されたのだった。2006年度に米国テンプル大学においておこなった講義。Raynsford氏はどうやら美術史学徒なら誰しもが憧れるシカゴ大学で学んだ方のようだが、その後HPも更新された様子もないのでこの感情移入に関する研究がどうなっているのかとても気になっている。もう少し現行の研究作業が落ち着いたらメールでも送ってみようと思う。

 

メモランダム蛇足。
感情移入という概念に必要な根本的な再認識というのは、それが人間の感情的側面にのみ関係するものであると考えられているということついてだろう(だから、そもそもempathyやempathie、あるいはむしろEinfühlungの和訳としての「感情移入」はまず破棄され、改めて適当な語彙をあてられたい)。つまり、より知的な、あるいは身体的な領域においてもEinfühlungというのはあり得るのであり、その例としては言語学習や文化の生成、あるいは環境(への同期の過程)という概念などがあげられるだろう──それこそメルロ=ポンティの知覚研究などはすべてそのことについて書かれたものであるといってもいい。そして、そのようなEinfühlungが重要なのは、上記シラバス内でも述べられているように、美術史や美学のディシプリンが、既存の観念論や政治性と関連付けられないかたち/領域で、展開するためにほかならない。美術史は放っておくと、つねに呼吸を忘れた瀕死の世界なのである。

 

 

手を入れながら改めて拙訳を読んで、Raynsford氏の構想が、朝方なんとなく目を通していたメニングハウス『美の約束』と相性がいいように感じられた。(メニングハウスがダーウィンの進化生物学理論をどのように読んだのか、これはもちろんスペンサーを排してダーウィンを擁護した美術史家ディディ=ユベルマンとの擦り合わせも必要だろう。) と、思って本も買ったし、準備も万端なのだが、いかんせん紙面がチカチカと点滅したかと思えばその上の文字が今度はふわふわと舞って、目がまわって仕方がないので、まったく読書どころではない。ここのところ多少の浮き沈みはあるものの基本的に体調も気分もずっと優れない。今日はもう全然だめだな、と午前中の段階でふてくされてそのまま夜で、もうどうせならとことん堕ちるところまで堕ちてやろうかと、自分にケンカを売りつけるような気分。そういえば、今日なにをしたかも、なにを食べたかも、なんだかよく思い出せない。分かったのは、月曜の講義はまだしばらく始まらないらしいということ、それから、こうして文章を書けている間だけは穏やかであるということ。

 

美しいものへの快は常に単なる感官の情動以上のものである。それは感官の知覚を認識的な動き、情動の占拠、実践的な行動結果と結び付ける。それゆえそれは、カントにとってわれわれの全「能力」の卓越した共働作用の方法である。判断という契機、見た者や聞いたものの評価という契機がなければ、われわれは知覚した対象に「美しい」という称号を認めることはないだろう。そしてこのように知覚と判断が結びつくことによって、同時に可能的な接続行為が統制される。そのような認識と情動と実践の内包するものがいかに違っていようとも、それは美的知覚に固有の反響空間を構成する。この反響空間こそ、美から発せられて観察者にその魅力を根拠づける約束の地平の範囲を限定するのである。この約束には歴史がある。それどころか、自然史と原史もある。(ヴィンフリート・メニングハウス『美の約束』伊藤秀一訳, 現代思潮社, 2013, p. 9)

 

 あと、やっぱり私はビールが大好きだということ。