de54à24

pour tous et pour personne

クレオパトラのレクイエム

私はとにかく浅田真央というスケーターの姿をみると、それがどんな場所であれ瞳を潤ませずにはいられない質の人間で、彼女の演技はいつもはやく見たくてたまらないのだけど、その気持ちとまったく同じ強さで見るのが怖いとも思っていて、いつもその二つの気持ちの狭間で祈るように事の次第を見守っている。すると、彼女の演技や採点審査、kiss&cryでの発表がすべて終わってしまうまでにはひとり勝手に大仕事を終えたかのような疲労感に襲われている。

 

昔、何度かエキシヴィジョンをみにドームに足を運んだことがあった。その頃はまだジュニアだった村上佳菜子や羽生弦結、町田樹などに加え、おなじみの御三家高橋大輔織田信成小塚崇彦、そして女子御三家浅田真央安藤美姫鈴木明子が中心的にステージを構成していた。なんというか、その頃は高橋大輔が最も脂がのっているシーズンで、彼の演技が好きか否かに関係なく彼の〈eye〉や〈道〉、〈Love Letter〉は誰しもが一目でいいから生で見てみたいと思っていたような気がする(私もそのうちの一人であった、というよりもむしろこのときはただ高橋大輔のスケーティングを見たい一心であった)。そして勿論、今年の全日本フィギュアで圧倒的な強さを見せる浅田真央も、当時キム・ヨナとの宿命的な対決を前に毎回息を飲む演技をみせていた。

 

というわけで、特に贔屓しているわけでもなく、なんとなくこの二人の若きスケーターに意識もろとも視線が注がれたのだが、しかし、私がその日の演技で最も心を奪われ、それ以降、ダンスや身体表現について考えるときに必ず思い出しているのは、他でもない安藤美姫であった。

 

そのシーズン、彼女はエメラルドグリーンの生地にキラキラと宝石のようなものが輝く衣装を身に纏いクレオパトラに扮していた。そしてエキシビジョンに選ばれた曲は、2010-2011シーズンのSPで舞ったモーツァルトの〈レクイエム ニ短調〉。度肝を抜かれるとはきっとこのこと、四回転サルコウを唯一跳ぶ女性スケーターの異名の通りジャンプやスケーティングは勿論圧巻であったが、しかしそれ以上に旋律を編むように動く視線や指のごくごく先端、各関節の嫋やかな動きが有機的に絡み合いながら作り出すその演技、そして表情はあまりにも生々しく艶麗であり、数分後に演技が終わり曲が止むまでの間、私は呼吸すらも止まるほどに硬直したまま見入っていた。

 

安藤美姫という選手は、メディア越しでも目つきや言葉尻からその気の強さ感じられるほどであるから、おそらく多くの観者は彼女のイメージを以て随分強気な女性という印象を持っているのではないだろうか(更に近年にあってはその生き方が必要以上にワイドショー仕立てに語られている)。そしてそのためにこそ、私もまた彼女の演技そのものにここまで驚いたのである。レクイエムに包まれたクレオパトラは、どこまでもで脆く繊細で、ただただ優しく、そして孤高なる美だけを纏っていた。私は、何度となく彼女の演技をテレビやネットを通して見てきたが、それは紛れもなく初めて目にする安藤美姫の演技であった。

 

安藤美姫の美しさはどうしてこんなにカメラの網に掬われてしまうのだろう。今でもそれが不思議でならない。今回も当然のごとく安藤美姫らしいスケーティングで氷上を舞っていたことだろう(この部屋にはまだテレビが設置されていないので、私はまだ全ての事の次第を目撃していない)。しかし、きっとそれは私たちが画面越しにみている以上に煌やかな魔法の如き舞だったに違いない。