de54à24

pour tous et pour personne

思考の経験としての臨床美学

今年の仕事の記録②

「思考の経験としての臨床美学のために──感情移入についての報告」

 

0. はじめに 

   2012年度に提出した卒業論文では、フランスの思想家・美術史家ジョルジュ・ディディ=ユベルマンによる「もうひとつの美術史」を手掛かりに、パノフスキー以降の美術史の方法を批判的に検討し、それに伴うイメージの可能性を模索した。この模索は、筆者のより広い関心、すなわち美術史を含む美学aestheticsと臨床的な精神病理学の有機的かつ相互的な関連、または両者の中間領域におけるアクチュアルな美の可能性の追究に根ざすものである。そこではイコノロジーはもちろんのこと、精神分析や歴史哲学などが越境的に要請され、以後の課題として多くの項目が見出された。そして時間と紙幅の関係上、卒業論文では手つかずのまま残されたそれら課題のうちなかんずくさらなる深化、あるいは継続的な考察が必要と思われたもののひとつに「感情移入」があった。この問題意識を引き継ぐ本年度の研究活動は、前世紀までに朽壊したかのようなこの概念の組成を洗い直すことを試みから開始された。本稿もまたそのような感情移入を実験的=経験的概念として、また美学と精神病理学を臨床的に接合する懸け橋として捉えようとする態度を模索するものである。

 

 

1.     感情移入概念の史的変遷:Magdalena Nowak ‘The Complicated History of Einfühlung’(2011)を手掛かりに

   感情移入という概念をできる限り相対的に概観するにあたって、ここではその端緒としてMagdalena Nowakが2011年にArgument誌に発表した‘The Complicated History of Einfühlung’*1を取り上げる*2。そこでは、美術史と哲学を中心とした幾つかの分野における感情移入(Einfühlung – empathy)*3の解釈や言説のなかから特に現在においても十分にアクチュアルな位相にあると考えられるものを取り上げ、それらを体系化する試みがなされている。なかでも19世紀末から20世紀初頭にかけて起こった感情移入の決定的な凋落を裏付ける感情移入批判の変遷を辿りながらも、そこに留まることなくさらに先へと進み、今日でもなお感情移入を有効な概念と考える知識人たちの取り組みを紹介している点は、筆者にとっても多分な示唆を与えるものであった。以下、本節ではNowakの論文を概観し、そこから見出される感情移入を支える認識論的背景について考える。

   感情移入の起源を辿ろうとする試みは、大きく分けて二つの異なる時代に行き着くこととなる。すなわち一つ目は、ノヴァーリスやブレンターノ、アルニム夫妻が活躍する18世紀ドイツにおけるロマン主義であり、もう一つは19世紀後半から20世紀初頭までのドイツ美学と大戦前後にヨーロッパからアメリカへ渡ったユダヤ系知識人たちを中心として発展した心理学と哲学(特に解釈学)である。前者は感情移入という語で他者に感情移入をすることで人間の心理を探究することを意図していたのであり、後者においては同語を人間と自然の関係性の説明などに用いた。両者はもちろん地続きではあるが、それぞれ芸術の創作活動や美術史、そして解釈学の哲学という異なる領野において展開していたという点で一応の区別をしておきたい。

   このような背景のもとで、今日われわれが日常的にも口にする感情移入という概念について、Nowakは次のような問題点があると述べている。まず、Sichversetzen(自己移入)やVereinigung(一体化)、sympathy(思い遣り・共感)やunderstanding(同情)といった類似する概念の存在による語彙の混乱という問題がある。さらには、感情移入という概念そのものが含意するところの錯綜もまた感情移入の有用性を疎外するものとしてあげられる。たとえば、感情移入という同一の語の概念として存在する複数の理解、すなわち対象に対する主観性の投影、他者の表情などの外的表出から他者の心や「内面的な生」を知ること、そして解釈学の伝統による「自己移入」の多義的理解などが、その語自体の意味がなし崩しにしているのである。以上のような現状を把握した上で、しかしながらかつては有効であった感情移入という概念とそれについての言説を、ここでは特に芸術に関する領域の美学的観点からごく簡単に概観しておきたい*4

   Sich hineinfühlen(〔自然の内へと〕自己を感じ入れる)──これが、先述したドイツ後期ロマン主義時代における感情移入の指標となるフレーズである。感情移入は、神なきあとの世界で、あたかもかつて神の前に跪き合一を望んだ祈りのごとくに後期ロマン主義者たちによって体現された。Versetzung(移入)またはinnere Sympathie(内的共感)という語をその著書において用いたJ. G. ヘルダー[1744-1803]は、感情移入による主体(subject)と客体(object)、または人間と自然の神秘的な結合を語った。この結合はほかでもなく美の源泉であり、美的価値を可能にする条件であった。このような思想は後のジャン・パウルやシェリング、シュレーゲル兄弟などの美学的志向に決定的な影響を与えた。それと同時に、ヘルダーが説いたテクスト解釈における感情移入の必要性は、後の解釈学、すなわちシュライエルマッハーやディルタイなどの霊感となったことも特筆しておくべきであろう。

   それに続くのは、『人間本性論』(1739)の著者D. ヒューム[1711-1776]である。「美に関するすべての判断は共感(sympathy)を伴う」というヒュームの主張は、芸術作品の意図に結びつくものとしての感覚にしばしば焦点があてられた。ヒュームにおいては、われわれの歓びは芸術作品(具体的には彫刻)の感覚的享受によってももたらされるものであり、またそれこそが芸術作品の根源へとわれわれを導くものである。あるいはまた、そこから1世紀ほど時代を下ったF. Th. フィッシャー[1807-1887]も感情移入についての基本的な態度をヒュームと共有している。つまり、F. Th. フィッシャーにおいて感情移入=共感とは根本的な自然の本能であり、感情的存在である芸術は共感によって認められると考えられた。さらに、表象と感情移入の関係について言及されるその著名な『象徴』(1862)でF. Th. フィッシャーは、象徴的表象を論理的なもの(logical)と魔術的なもの(magical)なものの二つに区別し、後者において原始文化にみられるような魔術的な共感が生じることが明らかにした*5。そしてTh. フィッシャーの息子であり美学者のR. フィッシャー[1847-1933]は、父の理論を受け継ぎながら独自の感情移入の議論を展開し、ヴァールブルクらにも多大なる影響を残したことで知られる。その著書『形式の視覚的感覚について』(1873)では、形態に「人間的な内容意味」を与えるという感情移入的位相の検討によって、鑑賞者の役割の強調、強いては芸術の意味の所在を対象から受容器へと移行するという試みがなされている。これは感情移入の概念史においても決定的な変質を意味する。すなわち、作者への共感というロマン主義的感情移入のあり方はもはや問題とはならず、作品という対象に向けられた鑑賞者の感覚や気持ち、感情がその絶対的な関心となったのである。このようなややもすれば原理的であまりにも強い人間存在に関わる作品受容のヴィジョンは後に、周知の通り後にニーチェワーグナー論などに代表される過剰な没入への危惧としての批判を呼んだ。

   次いで確認するのは、われわれが今日、感情移入について学ぼうとするときに必ずや行き当たるT. リップス[1851-1913]である。リップスはこれまで比較的周辺的に語られてきた感情移入を美学の一項目として明確に体系付けたもののひとりである。その議論へは数多くの批判があるが、その仕事はいずれにしても感情移入の進展(=凋落へ向かう展開)に大きく貢献したと言えるだろう。リップスの感情移入は、「主体が見るもの」の説明から始まる。「見る」ということのメカニズムには、感覚的な徴候(symptoms)によって対象の状態を知る精神的プロセスが組み込まれており、そのために、芸術作品や自然に限らず、すべてのもの(object)が感情移入の対象となる。感情の根源や原因はほかでもなく主体が捉えた対象(object)であるために、主体(鑑賞者)の存在そのものはもはや対象のなかにある(この点でリップスの感情移入への態度は極めてロマン主義的である)。リップスについて重要なのは、感情移入が芸術的創作をもたらすのではなく、芸術とはもはや、感情移入が主体にとって真の認知的有用性や価値を持つことを顕示するための機会とした点にあると筆者は考える。このリップスによる芸術と感情移入の重要性の逆転が、感情移入をテクニカルな用語から一般に膾炙する語へと転換させることになったのではないだろうか。

   以上のようなNowakによる概観*6をもとに感情移入概念に起こった変化を鑑みると、自然へと感情移入することによって起こる創造という芸術を基盤とするロマン主義時代を「作者の(自然への)感情移入」とするならば、20世紀に入る直前においてはもはや「鑑賞者の(作品への)感情移入」を通り越し、(作者や鑑賞者といった芸術作品を想起させる概念を捨て、より一層に観念化し一般化した)「主客の感情移入」に集約されたと考えることができるかもしれない。まさにそのとき感情移入は自閉的なメカニズムに陥ったのであり、主客の罠へと没したのである。その後の動向として、一方ではE. フッサールの間主観性やM. メルロ=ポンティの身体論的現象学による議論が展開され、そこでは主客の構造が幾度となく見直されようとすると同時に、それと格闘すればするほどに、人間の認識の限界としての主客構造が亡霊のように立ち返ってくるが、それでもなおわれわれは主客構造の虜のままとなっている。今日の感情移入の困難の原因の一部は、恐らくここにあるのではないだろうか。その一方でもう一つ思い出したいのは、W. ベンヤミンにおける「アウラの凋落」という謎めいた至言が、近代という時代について示唆するものと感情移入との関連である。「アウラの凋落」と近代についての議論は他に譲るが、われわれが「アウラの凋落」をみるときに立ち現れるというアウラの構造とは、まさしく感情移入と多くを共有するものであり、多少乱暴な議論となることを甘んじれば、感情移入もまたアウラという現象の一部を担っていると考えられる。かくしてアウラとの関連が指摘できるとすれば、多層的な近代性の問題としての感情移入の考察もまたより広い問題提起とともに可能となるのではないだろうか。

 

 

2.     Dominick LaCapraのempathic unsettlementの検討──History in Transit(2004)より

   Nowakは、前節でみた感情移入の歴史的な論者に言及した後に、20世紀から21世紀にかけての現代における感情移入のあり方を4人の思想家や歴史家、哲学者、すなわち、E. フッサール*7、D. モラン*8、J. クリステヴァ*9、そして本節で詳悉するD. ラカプラをあげている。

   歴史家であり思想史家であるドミニク・ラカプラは、テクストと言説実践、そしてそれらと社会政治的制度の関係を問いながら、特に思想史との越境や過去との対話的交流や転移としての歴史記述の可能性の模索とともに歴史学についての批判的考察を続けている。ラカプラによれば、歴史学の現状は資料主義的なドキュメンタリー、かつ客観主義的な認識モデルに基づく「科学的な」歴史という位相につねに留まっている。そこにおいて意味ある歴史学の問いは必ず経験的、または古文書的研究によって答え得る問いであり、その研究の目的は過ぎ去った「過去そのもの」の再構築であるとされる。そのような科学的なプラットフォームを獲得した歴史学は、当然ながら偏見や主観的好みを排除することを原則としているし、そこでは研究者ができる限り客観的になることが要請されるのであり、従って投影や解釈は絶対的に否定されるべきもの、あるいは決して認めてはならないものである。しかしながら、そのような資料主義的客観主義にも看過できない欠点がある。ラカプラはそれを、歴史における思想の不在、あるいは非一義的重要性によって批判し、客観主義(資料主義)対相対主義(主観主義)という問題構成の見直しが必要であることを反復的に続けられる個別的研究によって主張している*10。 

   そのような問題意識のもとで研究を続けるラカプラが感情移入の概念を積極的に持ち出しているのは2004年に出版された History in Transit: Experience, Identity, Critical Theory*11の第三章、トラウマ研究についての箇所である。そこで感情移入という概念(装置)は、現代の歴史家への批判として、すなわち経験や記憶に関する関心の高まりに反して歴史記述の議論は感情移入を抑圧しているという指摘とともに喚起される。ラカプラにとって感情移入とは、対象の個別的で特別な経験、歴史的理解において必須の要素である。それにも関わらず、感情移入が直観や投機的同一化としばしば不用意に混同されており、そのような現状が学問的方法論から感情移入を必要以上に排斥することに繋がっているのではないかとの疑念を呈している。われわれが感情移入を考えるときに留意すべきは、それが同一化を超克する過程ではなく、他者の相違への深遠なる配慮として感情移入が作動するということである。これは、歴史家の具体的な仕事において、たとえば研究対象となる人々の生を無生物の研究対象ではなく血の通った人間的なものとするその作用が、感情移入によって達成されるとラカプラは示唆している。なかでもトラウマ研究は切迫した人間性についての複雑な問題を抱える分野であるが、そこにおいて感情移入はempathic unsettlementという概念(装置)=思考や感受性の契機として導入される。共感的動揺、あるいは感情移入的不安と和訳されるだろうempathic unsettlementとは、つまり「歴史的な事件は自身についての身分証明のない主人公によってどのように生きられるのかを歴史家の側から分析する方法」のことであり、さらに換言すれば、資料は論理によって根拠付けられる以前の感性的思考の次元における方法のことである*12

   この概念を詳しく検討する前に、多少の脱線をしながらもう一つ感情移入に関わるラカプラの重要な議論を、つまり転移(transference)の問題について触れておきたい*13。ラカプラによれば、転移は変異や変化を伴う反復的時間概念──(非)連続的時間概念ではない──に関係するものであり、それはまた過去に取り憑かれることの恐怖を呼び覚まし、過去と自分自身に対する抑制を喪失させる傾向をもつものである。研究実践における転移はまた、研究対象への完全な支配への欲求を研究者のなかに喚起するのであるが、それと同時にその支配からつねに逃れ続けるなにものか、すなわち「他者」が存在することをわれわれへと逆説的に証明するものでもある。たとえば、過去の実践とその歴史的説明とのあいだには転移的関係が成立しているが、それはある研究対象についての言説内にみられる反復や置き換えられた類似物などといった「他者」によって確認できる。その一方で、転移が否定される場合──たとえば、過去が自己と全面的に同一視される場合や、完全に異なっていることを主張する場合、すなわちいずれにしても主体と対象の間の距離が取り消されている場合である──にも、われわれはパラドクシカルに転移の作用を確認することができる。このような転移は、他者と自己との強度ある動的な関係性を指し示すものであるという点で、19世紀末から20世紀末にかけての「主客の感情移入」と直接的に関連付けられるものであると考えられるだろう*14。 

   このような転移概念はラカプラの歴史哲学にとって核となるものであるが、それは歴史学的方法論としての感情移入を勘案する際にあってもまた基部を支えるものであり、そしてempathic unsettlement(共感的動揺)こそがラカプラの考える感情移入の概念を方法論のレベルで蘇らせるべく提案されたものと考えられる。それについてラカプラは次のように述べている。

  

私が提案する枠組において、感情移入とは自己充足的なものでも、また誤解されがちではあるが非媒介的な同一化を意味するものでもない。感情移入は、過去との転移的関係と関連付けられ、そしておそらくは解釈の感情に関する側面、すなわち対象化を制限し、自己を過去やそこにいる行為者、そして被害者との関わり合いや関連へと晒す性質を持つものである。感情移入的な反応は、単なる研究対象以上の他者、問題にすることや評価することのできない他者としての他者への承認を要求する。そしてそれは、規範的判断や社会政治的反応の代わりにはならないながらも、それらと有機的に関連付けられなくてはならないものである。私がここで提案する望ましい感情移入とは、自己充足的で投影的、または統合的な同一化と関わるものではなく、トラウマ的な極限事態とその処刑者、そして被害者へと向かい合う共感的動揺と呼ばれるものを伴うものであるだろう。*15

 

  この共感的動揺(あるいは感情移入的不安)は、他人の動揺への反応としての自分の動揺によって特徴付けられる。このような鏡像的かつ反復的な動揺は、われわれのパロールやディスクールを含むあらゆる表現、または生成される意味の形態にさまざまな変容を与える。その変容は動揺の構成要素(主体、対象、状況、学問分野など)や記述や判断のパフォーマティヴな次元においてその都度多様な形態をとるため、共感的動揺そのものを現象学的に定義づけることはできない。しかしながらたとえば、歴史学の分野においては、極限状態を含む歴史的事件に関わる者たちを実証主義的に対象化しようとする傾向や、トラウマの心理学的言説に代表されるような非媒介的同一化、あるいは調和的ナラティブの成立に対する抵抗として個々の研究者の態度が獲得するだろう。つまり共感的動揺とは、そのような歴史記述を含むあらゆる文学的行為がわれわれの生へと積極的に関与しながら世界への動揺をもたらそうとする極めて実験的な概念として準備されているのである。

   そのような共感的動揺に内在する感情移入の働きを鑑みて、ラカプラは感情移入についてさらに次のように考察している。感情移入とは、「逆症療法的同一化の撞着語法(形容矛盾)的概念 the oxymoronic notion of heteropathic identification」であり、それは虚構的な非代理的経験によって遂行される。虚構的な非代理的経験とはすなわち、他者の代わりになることなく/他者を代弁することなく自己を他者の位置に置いた経験、あるいは被害者の声や苦しみを占有する代理的被害者になることなく自己を他者の位置に置いた経験といった感情的な反応や介入のことである。われわれはこのような感情移入によって他者とある特殊な関係性、つまり他者の他者性への配慮を絶対的に伴った感情的介入というものを措定する必要性を見出すだろう。感情移入が元来、他者の同一化や他者への過剰な侵入を避けがたく伴うものであると理解されていたのに反して、ラカプラが提示する感情移入とは他者への介入の強度と比例して他者への配慮が高まるという特徴を持つ。感情的介入という主客の融合化が進むほどに他者性がより顕わになり、また主客のアマルガムは時間とともに動揺という衝撃によって随時組み替えられながらも配慮というかたちにおいて強化されるのである。完全ではないにせよ、この点において、ラカプラの感情移入を20世紀以降の感情移入の概念史の行き詰まりへの挑戦として認めることができるのではないだろうか。

 

 

 

3.     今後の課題

 

 以上が、感情移入についての調査の始まりである。今後もまた上記にあげた文献を始めとする先行研究をまずは網羅的に精査することによって、感情移入をとりまく21世紀の状況を確認していきたい。ただし、感情移入研究そのものが筆者の関心の中心にあるのではないことを、ここで改めて確認しておく必要がある。すなわち、感情移入というキータームはあくまで周辺的なものであり、感情移入についての考察によって引き出されたいのは、感情移入という概念がいかなるものであるかという問いへの返答や、ましてや感情移入の復権を求めることではない。重要なのは、感情移入という主体と客体という二項を巻き込む現象の観察を契機に、認知や感情、理性や判断を伴う──美的な──態度を、根底から見つめ直すこと、あるいは論理的かつ臨床的に根本から考え直すその方法を模索することである。感情移入という経験的な次元における考察は、後にカントに始まる観念論的美学の問題と接続されながら、さらにその先において精神分析や精神病理学といった臨床的な分野やポストヒューマニンやヒトゲノムの問題に代表される(生命)倫理へと開かれることを希望し模索している。そこにおいて、人間──それはもはやわれわれが用いる意味における「人間」とは異なるものかもしれない──についてのより強度のある、真の意味で現実的な思考に近づくことができるかもしれない*16。(8,429字)

 

 

〇参考文献 

                   

*1: Magdalena Nowak, ‘The Complicated History of Einfühlung,’ Argument: Biannual Philosophical Journal, Vol. 1, No. 2, Poland: Pedagogical University of Cracow, 2011, pp. 301-326.

*2:なお、美学・美術史学および文学研究における欧米圏の感情移入研究としては、Nowakの論文以外にも以下のようなものが上げられる。Matthew Rampley, ‘From Symbol to Allegory: Aby Warburg’s Theory of Art,’ The Art Bulletin, New York, NY.: College Art Association, Vol. 79, No. 1, 1997, pp. 41-55. Gorges Didi-Huberman, L'image survivante: Historie de l’art et temps des gantomes selon Aby Warburg. Paris: Minuit, 2002. Juliet Koss, ‘On the Limits of Empathy,’ The Art Bulletin, Vol. 88, No. 1, New York, NY.: College Art Association, 2006, pp. 139-157. 上記のなかでも特に、20世紀始めのEinfühlung -Emathy概念とその価値の下落を美学・美術史・芸術学の領域において検討したJuliet Kossの論文は最近の感情移入研究で最も言及・参照されているもののひとつであり、この分野の基本文献と言える。

*3:本稿で感情移入とするものは、ドイツ語のEinfühlung、英語のempathyやfeeling into/withに相当するものとする。

*4:なお、Nowakはこの美学美術史における感情移入の成立史と並行して、シュライエルマッハー、ディルタイ、ガダマー、そしてウェーバーに至る解釈学の変遷における感情移入の歴史を描き出している。本稿ではそのような感情移入と解釈学の関係については、紙幅の関係上立ち入らないが、今後別の機会に十分にまとまった考察を行いたい。

*5:「論理的なもの」においては〈表象〉と〈表象されるもの〉が非同一であるところからアレゴリーや文化が誕生し、「魔術的なもの」においては〈表象〉と〈表象されるもの〉が常に同一であるという原理から感情移入が生じるとされる。

*6:このような美術芸術史に関わる感情移入の議論の系譜に、本文で言及したもの以外にもNowakは、E. シュタイン(Zum Problem der Einfühlung, 1916)、シュマルゾー(Das Wesen der architektonischen Schöpfung, 1893)、ベレンソン(The Florentine Painters of the Renaissance, 1896), バッシュ(Essai critique sur l’esthétic de Kant, 1896)、シェルナー(Das Leben des Traums, 1861)、ヴォーリンガー(Abstraktion und Einfühlung )、フッサールの名前をあげている。

*7:Edmund Husserl は Husserliana (1973) において、感情移入を精神的な生を共有する他者の存在への関与の形式としている。

*8:The Problem of Empathy: Lipps, Sheler, Husserl, Stein’ において感情移入とは、他者(の感情、精神、心)についての認識や理解、あるいはまた、経験し、感じ、考え、互いに影響し合う人間の能力であるとされる。他者への感情移入は、自分自身を知ることにつながり、それによって個々人の個別の知覚や感情への信頼が生まれ、その厚い信頼のなかで主体〈私〉と客体〈あなた〉の統一化の拒否が主張されることによって「他者としての自己(one of otherness)」が見出されるとする。この「他者としての自己」もまた、ポスト主客構造の一端と考えることができるだろう。

*9:フロイト精神分析の独自の解釈で知られるジュリアン・クリステヴァによる感情移入もまたフロイトの理論、とくにナルシシズムの概念理解を下敷きとしたものである。クリステヴァにとって感情移入とは、主体の消滅による外的世界との調和の感情を意味する。それは、ナルシシズムによる感情移入の理解、すなわち感情移入的内省を基盤とするものであり、感情移入の対象に関する主体の自覚と選択が内的生(inner life)の拡張に繋がるとの見解が示されている。また、クリステヴァによるナルシシズム理解は、芸術におけるmimesisとimitationの問題へも論及されるのだが、そこで特に強調されたいのは、感情移入による/というミメーシスが知覚された対象や研究対象への浸入や投影、同化、または受動的な再生産ではないという点である。〈経験を通した本当の現実〉と〈経験の想像的表象〉との間の差異に基づいて、外的世界を積極的に分析し再考すること、これがクリステヴァによる感情移入の新たなる展開である。

*10:例えばその一端は次のような一節にもみられるだろう。「極端な資料主義的客観主義と相対主義的主観主義は、そのどちらかひとつに決めなければならない本物の二者択一ではない、ということである。そのいずれもが、同じひとつの複合体を構成する部分であって、互いに支え合う関係にある。客観主義的歴史家は、ジャック・デリダのいわゆる「超越的シニフィエ」の「ロゴス中心主義的」場に過去を位置づける。過去は、純粋な現実性をそなえて、そこにただ存在する。そして歴史家の仕事とは、過去の現実をできるだけ客観的に再構築するための史料ドキュメントとして、資料ソースを利用することなのだ。客観主義者にとっては、歴史の本質は批評も反省も必要としないほど確実なものであり、それに疑問を呈するような試みは、人は切られれば現に血を流すのであって意義を流すのではないという事実を否定することに等しいと、彼らは誤って考えている。相対主義者は、客観主義者の「ロゴス中心主義」をたんに逆さまにしているにすぎない。これらの歴史家は、過去の意味を「産み出し」たり「作り出し」たりする「超越的シニフィエ」の場に、わが身を位置づけているのだ。そして、相対主義が記号論のかたちをとったばあい、過去は実際、あまねく行きわたる記号現象の海に沈んでしまうように思われる」。(LaCapra 2004, pp. 137-138 [pp. 183-184]) あるいはまた次のような一節にもラカプラの問題意識が明確に述べられている。「問題なのは、狭い意味での資料主義的な、あるいは客観主義的なモデルが、いくつかの点において歴史記述の必要条件であったり決定的に重要な次元であったりするものを取り込み、それを事実上、包括的な定義にしてしまっているということなのだ。それはまた、「資料」もそれ自体がテクストであること、「現実」を「加工」したり再処理したりし、伝統的な文献学的形態の資料批判を超える批評的な読みを必要とするテクストであることから目をそらすことである。そのために、過去および過去に関する歴史家の言説のいくつかの側面がみえなくなってしまうのである」。(Ibid., pp. 19-20 [pp. 19-20])

*11:LaCapra 2004.

*12:ラカプラは、以上のような議論を展開するにあたって、感情移入はなぜ(歴史研究から)排除されてきたのか、という問いについてもいくつかの考察を行っている。第一に、これは歴史学のみならず人文学全般の状況でもあるが、客観性についての議論が研究者の中心的関心である時代において、感情移入はその関心と反比例するかのようにアカデミックな議論から姿を消している。そしてそのような状況に大きく加担している感情移入についての理解には、直観(intuition)や投影的同一化(projective identification)と混同があることが指摘されている。このような混同は、誤った心理学を想起させるものであり、社会的かつ政治的な理解や批判の必要性に全く関与しない自己充足的な心理反応として感情移入をとらえることにつながる。その一方で、さらに20世紀以降スペクタクル化が圧倒的なスピードにおいて成し遂げられた今日においては、メディアによって過剰に生産されるイメージや暴力、トラウマの描写を受容する人間の心的困憊としての「同情疲労/共感疲労 compassion fatigue」や麻痺状態──これはいわば「正しい」心理学的理解と言えるだろう──にも、そのネガティブな要因にも感情移入が関わっているという理解がある。つまり、文化的政治的な批判であるべきものを非媒介的な心理学的用語へと転換し、それによって系統立てられた規範的判断や議論の必要性をなし崩しにする感情移入というヴィジョンが今日では支配的に共有されているようである。これについてはなぜそれが感情移入でなくてはならなかったのか、あるいはなぜ感情移入は社会的政治的な負の側面を説明するためにのみ用いられたのかについてのさらなる考察が必要であるだろう。

*13:「転移」もまた、もともとはフロイトの精神分析の用語であり、例えば患者が医師に対して抱く情愛的結束を説明するのに用いられる。「(…)この[医師に対して患者が情愛的に結びつくという]新事実を、われわれは感情転移、、、、と呼んでいます。(…)われわれは、このような感情の動き全体はどこかよそですでにあらかじめ準備されていたのであって、それが分析的治療を受ける機会に医師という人物へ転移されると推測するのです。感情転移イーバートラーグングは熱烈な求愛として現れたり、かなりおだやかな形で現れたりもします。(…)しかし根本においては、それらはいつも同じものであり、同じ源泉から出ていることは見紛みまごう余地なく明白です。/(…)われわれは患者に対して、あなたの感情は現在の状況から生じたものでもなければ、医師の人格に当てはまるものでもなく、あなたの心の中にかつて起こったことの反復であるにすぎないということを教えて、こういう感情転移を克服するのです。このようにしてわれわれは患者にその反復されているものをなんとか思い出すように仕向けます。そうすると、情愛的であると敵対的であることを問わず、とにかく治療にとってきわめて強い脅威を意味するようにみえた感情転移が、治療にとっての裁量の道具となり、この道具の助けによって、心情生活の固く閉ざされたとびらが開かれるのです。(…)感情転移は、樹木でいえば、木質と皮質の間にあって、組織が心性され、樹幹が太さを加えて行くもととなる形成層に比すべきものなのです」(ジークムント・フロイト『精神分析入門』(下)高橋義孝/下坂幸三訳, 新潮社, 1982, pp. 217-221)。さらに、フロイトの転移概念を発展させ、逆転移という契機をみいだしたのがメラニー・クラインである。ラカプラは歴史学や文化における逆転移の問題についてここでは言及をしていないが、テクスト実践における逆転移の問題は感情移入について考察するわれわれの重要な課題のひとつとなるであろう。

*14:転移=反復(そして差異)と感情移入の関係については、以後メラニー・クライン(「転移」)、ポール・ヴェール(『差異の目録──新しい歴史のために』)やアンリ・ベルクソン(『記憶と生』)やジル・ドゥルーズ(『差異について』、『差異と反復』)などを参照しながら検討を続けたい。

*15:In the form I am proposing empathy is not self-sufficient and does not mean unmediated identification, although the latter does tend to occur. Empathy is bound up with a transferential relation to the past, and it is arguably an affective aspect of understanding that both limits objectification and exposes the self to involvement or implication in the past, its actors, and victims. An empathic response requires the recognition of others as other than mere objects of research unable to question one or place one in question. And it does not substitute for, but on the contrary must be articulated with, normative judgment and sociopolitical response. Desirable empathy, I would suggest, involves not self-sufficient, projective or incorporative identification but what might be termed empathic unsettlement in the face of traumatic limit events, their perpetrators, and their victims. ”(LaCapra 2004, p. 135. 訳は拙訳)

*16:以上のことと並行して具体的に調査を進めている(もしくは研究の必要性を検討している)項目には以下のようなものを検討している。①症状について;症状とは矯正すべき欠陥ではなく、「組織体の全体的な機能の表現」または「全体的な生の事実」(Didi-Huberman 2002, p. 402)として見出される。症状を実存的存在の構成要素として考慮するにあたり、「心的症状はなんであるかということを理解しなければならないのであって、症状とはなんでないかということが問題なのではない」(Ibid., p. 409)。ここでビンスワンガーは、現実に対する不適応という点から症状を理解するのではなしに、症状を「美学的な経験形式(ästhetische Erlebnisform)」(Ibid., p. 410)にまで持ち上げることの必要性に触れていた。ここで、症状=徴候とはいわば(美学的な)形式形成の動機であることが示唆されている。さらにこのように特徴付けられた症状とは、単に「病の徴候」を表すものではなく、「フロイト的な意味において、つまり既存の医学的記号学をすべて顚覆し、またそれに異議を申し立てる」(Ibid.. p. 286)人間存在の力学的現象なのである。美学と精神病理学(医学)を交叉する点として、症状について考えていきたい。ディディ=ユベルマンが参照するアビ・ヴァールブルグやランプレヒト、ビンスワンガー、ギンズブルクはもちろんのこと、フロイトの精神分析における症状やたとえば、まだ発刊が適っていないラカンの症状についてのセミネールなども参照する機会を得たい。②時間/空間について;感情移入についての議論でしばしば問題となるのが、時間と空間についての解釈である。たとえば美術史学においては作品を受容する瞬間に働いている時間と空間という要素があり、また疾患を中心に患者と治療者をめぐる臨床的な診察においてもまた時間と空間の認識の問題は避けては通れない。この点に関しては、ヤスパースやミンコフスキーといったいわゆる人間学派による精神病理学についての整理を行いながら考えていきたい。たとえば、時間と空間を共有するもの──目の前にある作品を見ることや患者を診察すること──が、本当に正しい判断や知的享受をもたらすのかという問題も、この延長上で問うことができるかもしれない。③アメリカ精神医学/DSMの問題;美術史学の中心がヨーロッパからアメリカへ移ったのとほとんど時を同じくして、20世紀以降の精神病理学の歴史がアメリカから再開された。そのプラグマティズムはしばしば批判をされるところであるが、それでもなおわれわれはそのオルタナティブをみつけるどころか、批判を向ければ向けるほどに自らの生活のなかにアメリカ式の医療を取り込んでいる。DSMのマークシート方式が症状や病を捉えられるという思想は精神医療のみならず多くの文化的事象に通底しているが、一度処方された薬は半永久的に服用しなければならないといった類いの決定的な疎外を伴うものでもある。上記であげたがここでもまた、DSMを介して患者(人間)をみる、またはみることができると考えることとはなにかという視点から、「臨床的であること」や「目の前にあるものを見る」ことの問題を考えたい。参考文献は以下など;Allen Frances, Saving Normal: An Insider's Revolt Against Out-of-Control Psychiatric Diagnosis, DSM-5, Big Pharma, and the Medicalization of Ordinary Life. New York City: N.Y.: William Morrow, 2013. Gary Greenberg, The Book of Woe: The DSM and the Unmaking of Psychiatry. VIC: Australia., Scribe Publications. 2013.