de54à24

pour tous et pour personne

空虚と充溢の器官なき身体

相変わらずのんびりと本棚の整理に励んでいた。しかし、片づけているのか、本を読んでいるのかよくわからないといったペースのせいで、片付く前にそろそろ飽きてきそうである。気分転換にPCのデスクトップの片づけもしたため、発掘された今年の学びを拓本がわりにはりつけておこう。今年のレポート生産数は例年に比べてとても少なかったなぁ。

 

今年の仕事の記録①

「空虚と充溢の器官なき身体── 中間領域リゾームとしての摂食障害

 

食事は、無駄にしないなどという食べ物への配慮や、美しく適切な仕草を学ぶ場所、楽しい会話の場所──またそれらの微妙な逸脱の場でもある。(…)そして「食べることの非精神性」というテーマがそれなりに関与し始めるとき、〈摂食障害性〉の意味の網が、無数の文学者や栄養学者、生理学者、宗教学者、哲学者らをも巻き込みながら、また予見不可能な〈シナプス結合〉を始めるだろうということは、改めて贅言を要しないだろう。*1

  

 今期の講義では、特に後半数回に渡って都市やファッションという人間の生活の表面、そしてスタイル*2が扱われた。それらはドゥルーズ的「中間(領域/項目/点)」についての考察に接続され、言説そのものが実践となるような強度を模索するものであった。人間の生(活)を不可視的位相および無意識的領域において脱コード化し、あるいは再コード化するという思考と言語の挑戦は、都市やファッションに留まらずより広汎かつ多様に企てられ得るものであり、それらはまた異論なき重要性を孕むものであるだろう。本稿は、講義で扱われた幾つかの事例の先で人間の生(活)を再考する試み、すなわちアジャンスマンの試みの端緒であろうとするものである。

 人間の生(活)の多面性、多重性、多孔(項)性を十分に獲得するために揮われるべき彩管について思い巡らせたとき、まず避けては通れないものとして、例えば、眠ること、話すこと、食べること、排泄すること、表現すること、病むこと、死ぬことなど、実に多くの基本的かつ根本的行為に思い至った。それらすべては様々な平面で種々のリゾームを展開していると思われる*3が、今回はなかでもとくに食事/食餌に関する技法について、とくに前世紀においては1960年代以降に顕著な社会的/文化的/症候的現象として顕在化してきたとされる摂食障害という事例との関連から考えてみたい。

 摂食障害、特に拒食症の歴史、あるいは概念史については、漸く昨年になって本国でも翻訳されたランボーとエリアシェフの『天使の食べものを求めて──拒食症へのラカン的アプローチ』(原題:Les Indomptables/飼い慣らすことができない女性たち)*4金森修「拒食症という文化」*5また中村英代『摂食障害の語り──回復の臨床社会学』*6がそれぞれ異なる視点から論じている。摂食障害、特に拒食症の歴史、その治療や病理、解釈の変遷についての詳細は以上の文献を始めとする多くの先行研究に譲るとして、ここではそれらの研究を概観する視点が留意すべき点、すなわち摂食障害についての研究がつねに出口のない混乱を含むものであることを指摘しながら考えてみたい。その混乱とはすなわち、拒食症であるとはいかなることかといった外延的輪郭を描くのも、また拒食症(患者)とはなにかという内包的定義付けも、その「拒食症」という中心が孕む流動性*7によってつねに所在なきものとなる定めにあるという点である*8。多くの精神疾患と同じくらい、場合によってはそれ以上に複雑で困難とされる拒食症についてのエクリチュールは、その熾烈な現実に反して捉えようとすればするほどに遠のくものなのである*9

 摂食障害についての文献にあたりながら、各所でどうにも延々と続く緩慢な記述が目立ったことが気になった。それらの文献のほとんどは、精神医学的なものであれ生物学的なものであれ医師の立場より具体的な症例を記述したものか、あるいは一人称で経験としての摂食障害を語るものであり、そしてその他いくつかの文献が社会学的、あるいは精神分析学的視座から概念史を辿るような巨視的視点に立つものであった。その多様性については否定すべきもないが、しかしこうなると明らかに気になるのが、これらすべての文献に多分に介在される「解釈」の質である。あのある種独特な「延々と続く緩慢さ」を放つ言説は、おそらくそこに預けられた解釈たちが未だ核心に到達しないまま、行き場を探して漂うように上滑りを繰り返して(反復して)いることの現れであるだろう。つまりは、その反復のスタイルをこそ見極める必要があるのだ。そしておそらく摂食障害の研究およびある種の治療のあり方として、患者または当事者に直接的に関与するのではない文献学的調査研究が、われわれが想像している以上に、〈摂食障害〉というリアリティに対して重要な作用をもたらすのではないかと考える。そして例えば、以下のようなテクスト──その分野の研究者のみならず患者/当事者にも読まれ得る、否、もっと積極的に「読ませよう」とするテクスト──について、われわれはその論文の論理的整合性や記述の正確さ、解釈の如何等を批判するだけではもちろん足りない。あらゆる類いの研究や表現を含む記述に対する始まりの問いはこうあるべきだろう──摂食障害についてわれわれは何を書くべきなのだろうか。

 

摂食障害って本当に治るのかってすごい不安があったんですよね。で、それが実際治った人、回復した人に出会って、治るかもしれないっていう希望が出てきたんで、私だって治るかもしれないっていう希望が」(Aさんの語り)*10

 

 中村(2011)の序章におけるエピグラフである。中村の著書をのみやり玉にあげるつもりはないが、しかしながら、この種の「治るかもしれない希望」を顕示することがもたらす政治──治るべきものとしての摂食障害というイメージ──への配慮の欠如は、根本的に批判されるべきものであると考える。<治る/治らない>の軸*11において障害と向き合う限り、われわれは決して「治る」ということばが憧れ続ける状況には至らない。精々が、当事者と生活を共にするわけではない人間たちにとって「治ったようにみえる」という、ごく限定的な完治──歪なトートロジーである──だろう。「治る」というイメージに至るためには、特に摂食障害を始めとする多くの精神疾患においては、まずそのことばを放棄することが必要なのではないか(これはすぐさま、ミッシェル・フーコーが残した数々の生権力、生政治の問題を喚起する)。治らないという現実には、おそらく「治るかもしれないっていう希望」を抱いている本人を除いて、誰一人として随伴することはできないが故に、彼(女)に聞こえる場所で治るかもしれない希望についてなど語る権利は誰にもないのではないか。そして、「治るかもしれないっていう希望」を直接的であれ間接的にであれ語りかけることは、それだけで十分に暴力となることに思い至らないわけにはいかないだろう。

 しかし、だからといって既存の研究や治ることについて試行錯誤することがまったく無駄であると主張したいわけでは、もちろんない。むしろ、筆者がここで考えたいのは、食べることとエクリチュールが形成する強度、そしてリゾームの可能性である。すなわち、「神経性食欲不振症〔=拒食症〕の分野における研究にはもうひとつの特性がある。それは、理論が細分化されているにせよ包括的であるにせよ、生物学的であろうと精神医学的であろうと、いずれにせよ理論はそのまま直接、治療に影響を及ぼすということである」*12

 ジル・ドゥルーズとクレール・パルネは、共著『ディアローグ──ドゥルーズの思想』(1996)において次のように述べている。「拒食症はおそらく、とりわけ精神分析の影響の下で、最も悪く語られてきたものである。空虚は、拒食症の器官なき身体に固有のものだが、欠如とは何の関係もなく、微粒子と流れが駆けめぐる欲望の領野を構成する一部となっている」*13。これは他でもなく、拒食症を不当に扱ってきた精神分析、すなわちラカンの「無を食べる〔manger rein〕」、そして「欲求/要求/欲望」の構造に対する抵抗としてのエクリチュールである。早急すぎることを恐れずに続けよう。あらゆる摂食障害の事例はその告白や研究といった多層的に言語化されたテクストと正しく結束することで、「食べること」の中間領域として立ち現れ、それによって「食べること」に関するあらゆる既存の平面──食事に関する社会的、家族的、儀礼的、栄養学的、生物学的等の意味──への抵抗となるのである。そして、正しく繋がるためには、「治る/治らない」といった粗雑なことばへの警戒を怠ってはならないのである。

 もう少し先へ進んでみよう。具体的な抵抗についてさらに考えるために、もう一つの概念を思想史および歴史学研究の方法論に示唆を求めたい。米国の思想史家ドミニク・ラカプラは“History in Transit”(2006)において歴史学研究における「感情移入」の復権という意図のもとempathic unsettlementという概念を提起した*14。日本語に直訳すれば、「共感的動揺」あるいは「感情移入的不安」というその極めて実験的な位相に根ざす概念の基礎にあるのは、他者の動揺への反応としての(自己の)動揺、すなわち鏡像的、転移的関係のなかで反復的に生起する動揺/不安の終わりなき交換である。そこにおいてわれわれは「この動揺/不安」が誰のもの(所有)なのかもはや特定することはできず、その結果「この動揺/不安」を含む世界は自他の関係を主-客構造において捉えるとこもできない。それは、任意の事象における主-客を特定するという態度そのものが、「この動揺/不安」の前ではもはや無効となり、多くの意味をなさないということ示唆している。そしてラカプラによれば、そのような持ち主不在の動揺を根源として生み出された言説は、現象についての新たな言説のスタイルを生む*15。empathic unsettlementとは、そのような僅かに顕在化しつつある内在平面なのであると言えよう。

 ラカプラの用語を治療の糸口に据えること、かくたる抵抗的態度は、摂食障害を含む精神疾患を巡る言説が逃れがたく含む社会性と政治性──むしろそれらこそが精神疾患の最たる目的になろうとするかのようである──への挑戦となるだろう*16。ラカプラはempathic unsettlementなる作用的で実験的概念を、もはや直接に触れることのできない歴史学研究の対象の有機化=人間化の目的のもとに考案した。そしてそれを、摂食障害性を帯びる者──彼らは正直に述べることをしないという意味においては、つねに概念的存在でもある──の有機化=人間化へと応用することは、恐らく大きな見当外れではないだろう。摂食障害性を帯びる者とそれを研究しようとする者は、そこにある静謐で苛烈な不安によって共感的/感情移入的に結ばれることで、リゾームを形成し新たな言説を生む。そしてそれこそが治療という語の本質的な意味になるまで、そのような実験は続けられることを望むのである──病を介して望むのである。摂食障害性を帯びる者たちは、もはや治療関係者たちとのつながりのみに希望や安寧を希求していてはならない。彼らはその動揺と不安の中で、既存の治療や治癒とは無縁に、恋人に向けて語るように語り、あるいは親友に宛てた手紙を書くように書き記す、そういうエクリチュールを開始してみるのはどうだろうか。そして、共犯となるべきわれわれ研究者や文学者の使命として、解釈という暴力を細心の注意で戒厳しながらも可能な限りの思考によって、その切なるエクリチュールのなかにlignes de fuiteを見出し、それらを表現へと解放することである。(4,653字) 

 

 ***************

 

このレポートの提出先である講義を担当していたのは、若手(中堅?)のフランス現代思想の専門家で、とくにミシェル・フーコーやフェリックス・ガタリによる精神医療などに非常に詳しい*17。フランス留学中、実際にフーコーの授業に出ていたらしく、講義中しばしばその講義の異様さ(学生を斥けてフーコーの講義をいつも一番前で聴講していたのは、フーコーの熱狂的ファンであったらしく、彼らはみな寸分の狂いなくスキンヘッドに高級ブランドのスーツという格好であったため、最初にその講義室に入ってきたひとは暫くその異様な光景に見入らずにはいられなかったようである)を事細かに話しきかせてくれて、早朝の授業だったにもかかわらず、私はこの長い学生生活で初めて皆勤した。一応教官も出席をとる意志はあったようだが、2回に1回は出席表(といってもただのわら半紙に初回学生が自分で名前を書いただけのものであるが)を忘れるため、次回か次々回、「自己申告で来てた人は紙に〇つけてくださいねー」という感じだったため、この皆勤を喜んでいるはの殆ど私だけである。

 

 

 

 〇参考文献

           

*1:Kanamori 2004, pp. 100-101

*2:ドゥルーズは、アントナン・アルトーを「苦痛のおかげで、生ける身体を発見し、生ける身体の途方もない言葉を発見した唯一の者」(Deleuze 1969, p. 170 [上])とする一方で、アルトーに対比される「表面の主人あるいは測量師」(Ibid.)としてのルイス・キャロルを論じている。「表面のことはよく認識されていると信じ込まれているために、表面が探検されることはない。しかしながら、表面には、意味の論理のすべてがある」(Ibid.)。スタイル=様式についてもまた、<秘密のない>ことを呼び起こしながら生成される(ひとつの言語という)新しい領土についての記述が例えば『千のプラトー』などに見出される。「外国人であること、しかし、単に自国語ではない言語を話す誰かのようにではなく、自分自身の言語においてどもること。二国語あるいは多国語を用いるものであること、しかも地方語、あるいは方言とは関係なく、唯一の同じ国語において。私生児であり、混血児であるが、人種としては純粋であるというふうに。こうしてスタイルは言語となる。こんなふうにして言語活動は強度的となり、価値や強度の純粋な連続体になるのだ。こうして言語は秘密となるが、別に言語の中に秘密の下位システムを出現させるわけではなく、何も隠すことなどないのだ。われわれはこのような結果に、ただ簡潔さ、創造的な引き算によって到達する」(Deleuze & Guattari 1980, p. 207 [上])。なお、スタイルについてはさらにもうひとり、ドゥルーズとほぼ同じ世代に属しながら、英語と仏語に堪能であったスーザン・ソンタグについて言及しておきたい。そのあまりにも有名な二冊の写真論が代名詞となっているソンタグではあるが、「キャンプ」についてのノートも収められた1966年の処女作『反解釈』(筑摩書房, 1996)に収められた様式についての論考は今日もなお光芒を放つものであり、われわれのスタイルへの思考に才気を注ぐソンタグの「もうひとつの」の基層とも言えるだろう。

*3:筆者は、食べることと眠ること、ついにはあらゆる欲求にすら関わる精神的疾患の治療を持続的には約7年、断続的には計12年続けている。例えば、食と睡眠の間のリゾーム、あるいはそれらを位置付ける(内在)平面への確信は、ほかでもなくこの病の経験に根ざしている。問題の核心は、食べられないことや眠られないことが現代の医療においてはまったき「症候/症状」でしかないことである。どこかの医療現場や診察所において、食べられず眠れない人間は、その症状を取り除かれるべき対象であり、またそれでしかない。例えばそれら症状が医師やカウンセラーによってなんらかの解釈の対象となり得たとしても、それもまた症状の解消のための迂回でしかないのである。われわれは、症候あるいは症状は解釈の対象ではないという事態について考えるべきである。なぜならば、症候や症状に持ち主はいないのだから──ドゥルーズに倣えばこのようにも言えるだろうか。患者も病も病名も、不眠や拒食、過眠や過食、酩酊状態や嘔吐などといった症状とは全く関係がないか、単に事後的な関係でしかないと考えたい。このことに十分留意しながら食べられないことや眠られないことは再検討されなくてはならない。とは言えしかし、当事者研究の正当性について未だ十分な見解や判断を出しかねている筆者にとって、このような議題を直接的に扱うことが避けられず少なくない戸惑いを伴うことを最初に打ち明けておこう。「読書によって読者が変わる」ように「エクリチュールの生成によって執筆者が変わる」その可能性への願いも込めてこのテクストに挑みたい。

*4:Raimbault & Eliacheff 1989. とくに第1章の「拒食症の神話」を参照。

*5:Kanamori 2004, pp. 49-116. 科学思想史、とくにエピステモロジーの研究者として知られる金森による摂食障害論は今回参照したいくつかの論考のなかで最も大きな示唆を受けたものである。

*6:Nakamura 2011. とくに第1章「摂食障害はどのようにとらえられてきたか」を参照。

*7:拒食症の定義は、Raimbault & Eliacheffや金森の研究からも明らかな通り文化や時代においても、また厳密には個々人においても異なるものである。例えばそれはアノレクシア・ラビリンス(anorexia mirabilis)として知られる「食べない聖女」に代表される〈神への愛〉の形象(Raimbault & Eliacheff 1989, p. 58)をとることもあれば、ヒステリーやハンガーストライキ、あるいはまたダイエットの本質的な失敗という意味において定位することもある。また、それらの食べないという「症状」が第三者によって「診断」される対象となるとき、そこにもさらに恣意的な時代的文化的解釈が介在するのは改めて言及するまでもないだろう。

*8:ランボーとエリアシェフは、「拒食症を総括することが難しいばかりか不可能にしか見えないのは、これらの諸研究分野において、それぞれの基本原則が矛盾さえしているにもかかわらず、同じ対象に対し研究活動を行っているせい」(Raimbault & Eliacheff 1989, p. 11)であるとの考察を示し、また金森は、拒食症については「あまりに複雑な病態を抱えたものなので、その種の生理的規定だけで病の本質を規定できたと考えるのは、臨床的にさえ結局は不十分」(Kanamori 2004, p. 59)であることを指摘している。

*9:様々な事例が示しているように、飲食の一切を拒み、それによって極度にやせ細った身体が徴付ける通り、拒食症は様々な摂食障害のうちで相対的に判明であることが多い。それに比して例えば過食とそれに伴う嘔吐といった事例は、栄養の失調や生命の危機に晒される可能性が拒食症よりも低いことや身体の異常性が確認しにくいことなどからも、文字通り表面化しにくい。その場合、摂食障害の全貌はつねに拒食症への関与を中心とするようになる。しかし、例えば正常な食欲と異常な食欲という二項対立を抜けて、全人類的食欲が強度によって形成する内在平面を求めるとき、表面化しない食欲をいかに捉えるかは重要な課題である。ラカンの精神分析はわれわれに次のように教える。「『神経性食欲不振症を次のように理解することが重要である。子供は食べない(ne pas manger)のではなく、無を食べているのだということ(manger rien)』〔Jack Lacan, Séminaire sur la relation d’object, 22 mai 1957. trans. 小出浩之ほか訳『対人関係』(上・下)岩波書店, 2006〕。このことは、拒食女性は、生理的欲求のレベルでは(時には欲求の表出以前でさえ)常に満たされているので、あらゆる欲求という観点から解釈されることを許容できないことを意味している。そこで、欲望の次元が存続するために、「無」を食べるということが極めて重要になる」(Raimbault & Eliacheff 1989, pp. 60-61)。拒食症者は、「食べられない」のではなく食べることを拒んでいるのであり、つまり無を食べているのだ。そしてそれは、欲求による解釈から逃走し、欲望とともにあるためであるのだ、と。だとすれば、もうひとつ苛烈な過食と嘔吐はなにを欲しているのか──これこそが、本当に難しい問題のひとつではないか。なぜならば、われわれは既に過食症者が「体重の増加を拒んでいる」ということ、また「無を食べることで欲望を守ることも拒んでいる」ということを知っているのだから──、過食症者の欲求の姿とはなんなのか。「存立平面ないし内在平面、器官なき身体は空虚と砂漠を内包している。しかし空虚と砂漠は、欲望に任意の欠如を穿つどころか、「十全に」欲望の一部をなしているのだ。空虚と欠如を混同するとは、なんと奇妙な混同であることか」(Deleuze & Parnet 1996, pp. 152-153)。砂漠──過食症者の身体──の欲望とはなんなのか。

*10:Nakamura 2011, p. 1.

*11:金森もまた「摂食障害が単に生理的な問題だけでは話がつかず、患者が生きる同時代の社会や文化をも考慮に入れなければならない、とする、治療関係者たちに共有されつつある「多元的モデル」にさえ依然として前提となっている、摂食障害という病態の個体性の輪郭線という存在想定」(Kanamori 2004, p. 52)に批判的に言及している。さらにランボーとエリアシェフも「2つの英単語「disease」と「illness」は、フランス語では同一の訳語「maladie」しかないが、この2つの英単語は、常に客体的なものとして取り扱われてしまう恐れのある、あの避けては通れない主体的な次元を特徴づけてはいないだろうか」(Raimbault&Eliacheff 1989, p. 94)と述べながら、言語が摂食障害を患うことの現実を不正確に措定している可能性を憂いている。

*12:Raimbault & Eliacheff 1989, p. 12.

*13:Deleuze & Parnet 1996, p. 153.

*14:LaCapra 2006, pp. 133-143.

*15: “Moreover, empathic unsettlement is related to the performative dimension of an account, and the problem of performative engagement with unsettling phenomena is insistent in an exchange with the past (of course in different, contestable ways in different genres). One’s own unsettled response to another’s unsettlement disturbs disciplinary protocols of representation and raises problems bound up with one’s implication in, or transferential relation to charged, value-related events and those caught up in them. Hence one may argue that there is something inappropriate about signifying practices──histories, films, or novels, for example──that in their very style or manner of address tend to overly objectify, smooth over, or obliterate the nature and impact of the traumatic events they treat──what is at times mistakenly seen as working through the past (or, in historiography, as representation in terms of a dubiously homogenizing notion of beau style).” (Ibid., pp. 136-137)

*16:そもそも病、とくに精神科──今日ではその多く場合が投薬的治療と/もしくはカウンセリングや認知療法などの言語的治療である──が扱う病(についての言説)に、一義的に社会性や政治性を求めたり付加したりするのはナンセンスではないか。より正確に言うならば、そのような社会性や政治性の多くは必然的に超越論的なシステムを要求するのであり、そのため、根本的に、そして必然的にアジャンスマンの欠如を伏在する。そこには実験/試験〔experience〕がない。むしろ実験/試験を覆い隠そうとする力学が働いているとみるべきかもしれない。ゆえに、そのような言説は、実験的な人間の生──すなわち病──との間で大きな矛盾を来すだろう。その矛盾は、先述した「治癒への希望」と同様、患者を(病から解放されるべき人間という意味で)病人に留め、患者が開拓しようとする繋がり=関係性を解放するどころか、より閉鎖的に縛り付ける。病を患者の内面と、そしてその内面と関連付けられた社会と、治療的に因果関係で結ぶことはむしろ治療関係者の方が条件反射的に握りしめている強迫観念であるのだ。(精神的な)病は、それには未だなんの意味もないという意味で病なのであって、語ることができる病とは、その病についてはまだなにもわからないということの証左以上のなにものでもない。家族療法や対人的認知療法は、気休め以上のなにものでもないのではないだろうか(気休めにはある一定の意味や意義があるとしても)。

*17:多賀茂/三脇康生『医療環境を変える──「制度を使った精神療法」の実践と思想』京都大学学術出版会, 2008.